古い遺跡と聞くと、共通して誰もが思い浮かべるのはきっとピラミッドではないでしょうか。もちろん他にも、マチュピチュや万里の長城、アンコールワット、ストーンヘンジ・・・世界中に人類が残した遺跡はたくさんあります。では、一番古いとされている遺跡はどこにあるんでしょうか?私は今回の旅行まで知りませんでしたが、それはトルコ、ギョベクリ・テペという遺跡です。ピラミッドでさえ昔々のお墓というイメージで、実際4000年以上前に作られたとされていますが、なんとこのギョベクリ・テペに関しては約1万2000年前とされています。1万年以上前と言われると時間の感覚がぼやけてきますね。何億光年とか、人類の誕生とか、そういう話と大して変わらないような、遠い遠い昔の話のような気がします。
ギョベクリ・テペは、トルコの南東に位置し、マルディンからシャンリウルファ(以後ウルファ)という都市に移動した翌日、訪れました。今回の記事ではギョべクリ・テペを中心にウルファでの話を書きたいと思います。
人類最古の遺跡、ギョべクリ・テぺ
マルディンからシャンリウルファへ
イスタンブールからガジアンテップに飛行機で飛んで以来、レンタカーでトルコの南東の都市を移動しています。西側よりもはるかに農村地帯が多く、暑いですし、こういう景色が延々と続きます。
道中驚いたことの一つは、トイレの清潔さ。都市から都市につながる一本道を走る際は、ガソリンスタンドでトイレ休憩をしました。ガソリンスタンドには、コンビニとトイレが併設されており、どこに入っても綺麗でした。手をかざすだけで開く扉に広々としたトイレ、紙は有料ではありません。コロナ禍に、トルコ国内のガソリンスタンドにこのような清潔なトイレが設置されたんでしょうか?そんな雰囲気でした。
ギョベクリ・テペの博物館
いくつものガソリンスタンドに立ち寄りながら辿り着いたのは、ギョベクリ・テペ。想像以上に辺鄙なところに来てしまいました!車で付近まで行くと、駐車場に案内されます。そこから歩いて先ずは、博物館へ。まだ新しいようで、こちらも清潔で立派な建物。展示を見ているだけでもワクワクしてきます。こんな場所に、これだけお金をかけて建てるなんて大変だっただろうな・・・。それだけ国としても誇らしい遺跡の一つなんだと思います。トルコ人観光客は多いですが、海外からの観光客はまだまだ少ない様子でした。
博物館に入るや否や、見つけたのは、発掘調査道具の展示。思わずパシャリ。どの国でも使うものは変わりませんね。
こちら、遺跡にある石柱の模型。隣に立って石柱の高さを体感できます。
博物館をゆっくり見たあとは、小さなバンに乗って屋外の遺跡へと向かいます。歩いていくことも可能ですが、バンも常に行ったり来たりしているので、とりあえず往路はバンに乗ることにしました。
いやあ、ここでも文化の違いを感じます。順番を待つ、譲り合う、という概念はないようです。扉が開いたらすぐに入らないと、と友人はささっと椅子に座りましたが、私は、ええっと・・・と足の踏み場を探しているうちに右から左から、後ろから人に抜かされ、バスに乗ることができません。
何がすごいのか?
バスに揺られて、遺跡に到着。こんなだだっ広い丘の上に観光のために集まってくる・・・何を見にきているのでしょうか?何がそんなにすごいのでしょうか?答えは、この遺跡です。1万2千年前に人間が残したとされています。
遺跡を囲うように道が整備され、ドームのように屋根がついています。近くに寄ることはできませんが、離れた場所から、それぞれ写真を撮ったり眺めてみたり。
私はメガネをニュージーランドで無くして以来、メガネをかけておらずよく見えないのですが、こうやって拡大して写真を撮ると、確かによく見えます。石柱には動物の姿が彫られています!写真を拡大して見てみて下さい。
この遺跡の確かなことはまだ解明されておらず、周辺も発掘が始まったばかりで調査段階だそうです。この遺跡からわかることは、一番古いもので1万2千年前に建造されたということ。その時代まだ農耕は始まっていないはず、つまり人間は狩りをしながら定住することなく生活していたはずです。
歴史の授業で、農耕が始まり、人々が集まって社会が形成され、宗教が生まれる、このように習ったのを覚えていませんか。
しかし、この遺跡は農耕が始まる前の時代のものとされています。このようなたくさんの大きな石を運んで並べ、動物の彫刻を施し、と考えると、かなりの人手が必要で、人々もこの周辺に移住しなければならなかったのではと言われています。宗教的な理由でこの遺跡に人が集まっていたとしたら、今までの農耕〜宗教までの説は違っていたのでしょうか?信仰は農耕が始まる前から存在していたんでしょうか?
アブラハム生誕の地と聖なる魚の池
次に訪れたのはウルファの有名な観光地である、生誕の地と聖なる魚の池。火あぶりの刑に処せられたアブラハムに関して逸話が残る場所となっています。火は水となり、薪は魚となって、アブラハムは難を逃れたのだとか。4000年も前の話なので真実は分かりかねますが、それでも彼のゆかりの地として多くの観光客で賑わっていました。
▲夕方、日が沈む前の様子
▲夜。心休まります。
▲トルコではあちらこちら、猫がくつろいでいます。可愛いなあ・・・
アブラハムが生まれたとされる洞窟もあり、そこは入り口が男女別となっていました。写真を撮っておらずあまり記憶にありませんが、本当にここで生まれたんだろうか、火が水になるなんてと、そればかり考えていましたね・・・。
さらに南東の集落、ハランへ
こちらも観光名所となっている場所です。ウルファの市街地から44km、シリアとの国境に近い一つの集落、ハランです。アブラハムが神の啓示によってウルファから約束の地・カナン(イスラエル)へ向かう途中、ハランに住んでいたと、旧約聖書にあるそうです。
実はこの場所、あまり良い思い出がありません。読んでくださっている方にネガティブなイメージを持って欲しくないというのはありますが、正直に起きた出来事を書いておきます・・・。
駐車場に車を停めている最中、中から男性がてくてくとやってきて、すぐに運転席に座っている私の友人に声をかけ始めます。彼の案内についていき、写真を撮ってもらったり、簡単な解説(大したことは言っていなかったと友人は何度もぼやいていました)を聴きながら、この日干しレンガ造りの家に入っていきます。外はマルディンと同様、暑いったらありゃしません。しかし、この建物の中は涼しく薄暗くなっています。
家のあちこちに並べられているのは、お土産として売られているネックレスやスカーフなど、キラキラしたもの。すると奥さんらしき女性の方も、民族衣装でしょうか?同じくキラキラしたものを身に纏い笑顔で挨拶をしてくれます。しかし、なんだか違和感しか感じないんですよね。メイクのせいか、目力も強く、ちょっと引き気味で私は案内を聞き流していました。
その後、男性に連れられ、近くにあるという大学の跡地にもいきますが、これと言って特別な説明はなく、あっちに大学があったというような簡単な話を聞いて、終了。
さてさて、この後何が起きるのかというと、料金を払ってくれというのです。案内を一通りしたから支払ってから出ていってくれと、とにかくしつこく言われました。現金は私も友人も多くを持っておらず、これだけならと渡そうとしますが、そんな金額ならいらないと突っぱねられ、大きな額をしつこく請求してきます。
車でこの場所を去るしかないだろうと、私たちは日に当たって暑くなった車内に逃げるようにして乗り込み、何度も後ろを振り返りながらウルファの市街地へと車を走らせました。途中までお子さんでしょうか、小さな子たちが石を投げながら追いかけてきたのには、ゾクっとしてしまいました。
歴史ある場所で、トルコの外からやってきた私はもちろん、トルコ人が訪れてもきっと面白い場所だと思うのですがこのような体験をすると、がっくりです。もっとハランのことを知りたかったですし、大学の跡地についても気になります。うーん、残念な思い出になってしまいました。
この集落には観光地としてこのような場所がいくつもあるようなので、違う“家”を選んで入れば、このような体験をすることはなかったかもしれません。
シャンルウルファ博物館
さて気を取り直して、ウルファの市街地にある博物館にも行ってきました。博物館は本当に大きく、見応えたっぷり。ダウンロードしているアプリに繋いで日本語解説を聞きながら、ゆっくり見てまわりました。
こちらは目をモチーフにしたものではないかと言われており、トルコのお守り、nazar boncuğu ナザールボンジュウの始まりではないかと、解説で聞いた気がします。
何千年も前の人々が描き残した土器の模様の手書き感が、なんとも言えません。規則的な模様が、手書きなので不揃いなのを見るとを見るとワクワク、ソワソワします。
▲なんだかよく分かりませんが、可愛いからと撮った写真
▲これ急須の原型?!なんて思った記憶
この博物館で有名なものは、実は私は写真に撮っていません・・・。なんだかとても大きな存在で、また見たくなったら来たらいいやと、思ってしまったのです。ウルファマンと呼ばれる石像です。
聖なる池の近くから出土されたというその石像は、アジア大陸最古の像であり、世界最古の実物大で表した人間の像だと言われています。口がなく、丸い目に鼻、首には首飾りがあり、髪のようなものはありません。スンっと立つ姿は、遠くを見つめているようです。客観的に何かを外から傍観しているような。力強い目とか、何かを訴えようとする目には見えませんでした。どんな像なのか気になった方はぜひ、ウルファマンで検索してみてください。
その他、ギョベクリ・テペの遺跡を再現したコーナーもありました。屋外の遺跡は遠くから眺めるだけだったので実際に似せて作られた石柱を間近でみることができて、思っていた以上に感動しちゃいました。こちらも写真を残していません。
ウルファで食べたご飯
最後に食事の話も。ウルファ滞在中は、2つのレストランへ行きました。
まず1軒目は、中心地からは少し離れている高級住宅街とまではいきませんが、比較的治安が良さそうな雰囲気漂うマンションが立ち並ぶ中にあるお店。外の席で夜風にあたりながら食べました。
先ずは、お決まりのお通し的なサラダが運ばれてきます。他のレストランでは出てこなかった、こちらの赤い何かを興味津々で口に運んでみます。食べたことある味ですが久しくこの味を食べてなかったからか、それが何なのか分かりません。でも確かに食べ慣れた味・・・。
キムチですね、キムチ!トルコ版キムチ。正式な名前は知りません。
これも、美味しかったなあ・・・。他のレストランよりも汁ひたひた。
お通しが全体的に美味しいので料理にも期待です。この白いのは何でしょうか。
ひよこ豆が浮いているヨーグルトのような冷静スープ?!
私は、こちらの鶏肉のケバブをいただきました。牛や羊はクセがあると食べづらいので、無難な鶏をチョイスです。
食後は帰り際にこれを差し出されます。何だと思いますか?
トルコの飲食店に行くと、このような立派なものに入っていることもあれば、プラスチックタイプの容器に入っていたりと様々ですが、手の消毒をする液体が入っています。爽やかな香りで、ベタつかず、さらりとした液体。結構ダボダボと、手にかけられます。コロンヤというそうです。
もう一軒は、確かホテルの方におすすめされた場所で、滞在中2回行きました。大通り沿いにあるお店で多くのお客さんで賑わっていました。個人的な感想は・・・、デザートは美味しくいただきましたが、お料理はスパイス強めで私は苦手でした
ウルファではチーキョフテという肉を使っていないキョフテが郷土料理だそうで、レタスで巻いたりして食べるそうです。ウルファで食べようと楽しみにしていたのですが、ううう、苦手でした。
自分が苦手なスパイスが何のスパイスなのか突き詰めたいところですが、正体はわからないまま・・・。
バグラバはいつ食べても美味しいです。
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さてさて、毎回のことながら長くなりましたが、ウルファの話はここまで。次回は、トルコの東に関して最後の回となりそうです。
次へ続く・・・。
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