161日目 奥又白池へ

朝6:30、気持ち良い青空の下、出発する。行き先は奥又白池。3年前に働いていた時からいってみたいと思っていた場所で、働く小屋から日帰りでいくことができる。雪が溶け、登山道が整備されてからしか入れないようになっており、メジャーなルートではなく道迷いもしやすいため、歩いていても人にすれ違うことはあまりなく、小屋のスタッフ間では人気スポットだが、一般的には、なかなかに渋い場所である。

1人で行く勇気はなかったので、今回一緒に行ってくれるというスタッフがいて本当に心強い。きっと1人で行けば怖くなり引き返したに違いない。私基準では引き返そうかと思える場所はざっと10ヶ所はあったと思う。

小屋から1時間ほどは、おそらく登山をしている人なら困ることなく歩けるだろう。その後が問題。奥又白池とパノラマルート(涸沢に行くルート)の分岐点から怪しくなってくる。少し沢を上がると低木や薮で覆われた登山道に入って行かなければならない。

花期をとっくに終えた石楠花やゴゼンタチバナ、マイヅルソウが数え切れないほど両手に広がる。足元は木の根っこや岩だらけで、植物に覆われてよく見えないが、きちんと覗くと、かなりの高所を歩いていることに気づく。岩も、浮石やどこに足を置いたらいいのか分からない大きな一枚岩がたくさん出てきて、頭でっかちな私はすぐに頭がフリーズしてしまい、どこに手と足を置いたらいいか分からない。言ってしまえば、私の苦手な登山道だ。岩場にロープ、トラバースに藪漕ぎ、気を抜ける場所がほとんどない。それでも階段が延々と続いたり、地味な坂道が続く整備された登山道を歩く時ほど息は上がらない。キツイと思うことはないが、緊張感と恐怖感が常に私の心は一杯一杯だ。

そんなこんなで途中の写真は一切ない。撮ろうとも思わないし、撮る余裕がない。頭の中で考えることといえば、今歩いている道を帰り歩かなければならない。無事おりれるだろうか。「帰りのことは考えない!」と励ましをもらいながら、一歩一歩進んでいく。

何度か視界が開けたり、藪の中に入ったりをを繰り返していくうちに、標高はあっという間に2000mを超え、蝶ヶ岳が同じ目線の高さに見えるようになってくる。そして小屋からは見えない常念岳も角度的に見えるようになってくる。つくづく思うが、常念岳は遠くから見ても近くから見てもかっこいい。今まで歩いてきた山それぞれに思い出や思い入れはあるが、常念岳は特別な山のうちの一つ。恐怖心と闘いながらの山歩き中、そんな常念岳が見えると、ほっと安心する。

小屋を出発してから4時間過ぎた頃だろうか、やっと今日の目的地奥又白池に到着する。距離、標高差は大して感じなかったが、心理的にここまで上がってくるのに長く感じた。

見上げると前穂高岳が、小屋から見るよりも近く、ある意味遠く、荒々しく、険しく、目に映る。

そして目の前には池。

写真で何度も見ていた場所なのでなんとなくイメージはあったが、その想像通りの大きさだった。小さすぎず、大きすぎず、がっかりもしないし、極端に心突き動かされることもない、ただ何年も何年もここにある池。人が多く訪れる山頂などに比べると、人の気よりも自然そのもののエネルギーが大きい。すっぽりと包み込んでくれて、自分自身がちっぽけに感じるような、そんな場所。

握ってきたおにぎりを2つ、先輩がみんなのために昨日焼いてくれた蒸しパン、チョコレート、焼いたソーセージを食べて、うたた寝をする。

風がほとんどなく、雲ももくもくと湧くこともなく・・・ただただ静かな時間が過ぎていく。

常念山脈がパキっと見えたのも嬉しかった。あの稜線をついこの前歩いたんだな、今まで何度も歩いたんだなと、5分10分、どれだけ見ても飽きずに眺める。奥又白池の絵を描くなら、この角度だろう。今回スケッチブックとペンを持ってこなかったのが悔やまれる。

・・・ということは、いつもあの稜線を歩いていた時、奥又白池を見ていたということだ。今日の今日まで気づかなかった。もちろん池は窪んでいるので遠くからは見えないが、この地点の方向を何度も見ていたはずだ。写真を見返して、この辺だろうかと検討を付ける。次にあの稜線を歩く時は、もっとよく見てみようと思う。

下りは私の予想通り、上りと同じ時間がかかった。そんなわけないだろうと言われていたが、一歩一歩足の置き場を確認しながら歩いていると、あっという間に時間は過ぎていく。なんとか無事山から降りる頃には、方角的に光がささないので薄暗くなっていた。標高が落ちるにつれて、高山の冷たく乾燥した空気は消えていく。少し寂しい気もするが、無事に降りてきたということでもあるので、安心感を覚える。

お隣の小屋でコーヒーソフトにホットワインをいただき、門限の前に小屋に戻る。皆にどうだったと聞かれるたびに怖かったと、話す。今回の山行は私1人では100%こなすことができなかった。本当に本当に、心から!連れて行ってくれた友達であり同僚の、こうたくんに感謝。最初で最後の奥又白池だろう・・・。

 

 

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