170日目、朝7:00に朝食の館内放送で目が覚める。あぁ、7時か。もう少し寝ていたいが、支配人は今日から2連休で街に降りるので、8:00頃下山する前に挨拶をしなければ。支配人と会えるのも今日が最後だ。のそのそとふとんから出て、歯を磨き、着替えをする。
約半年間ありがとうございましたと挨拶。今日で会えるのが最後だとわかってはいるが、寂しい気持ちは湧いてこないし、またすぐに会える気がする。毎日顔を合わせることが当たり前だったので、お別れなんて言われても実感はない。
午前中は荷造りを食堂で行う。自分の部屋は2人部屋だが部屋の中で人がすれ違うことは難しいくらい狭く、荷造りするスペースは全くない。なので、食堂に段ボールと置く荷物を持っていき、パズルのように荷物を詰めていく。
この荷物を家で開け、さらに必要なものを厳選してザックに詰め直さないといけないのか・・・。数週間後に迫ったニュージーランドでの出稼ぎのことを考えながら荷造りをする。しみじみしている場合ではない。
午後は、今日お客さんが入る予定のない個室で刺繍をする。1ヶ月ぶりの刺繍。もちろんポットキャストを聴きながら。耳から情報を入れながらの方がとても捗る気がする。下山前なのだから散歩・・・とも思っていたが、相部屋のスタッフが数日前誕生日だったので、どうしても刺繍をプレゼントしたかったのだ。刺繍の図案は、鳥。ざっと布に描いて、写真を見ながら指に任せて刺していく。3時間ほど集中し出来上がった刺繍は、今の自分ならこのくらいできるだろうという期待値を上回った。プレゼントする前に写真を撮っておきたかったので日が暮れる直前、木々を背景に何枚か記念撮影をしておく。
▲刺繍に関しては、別記事でもう少し詳しく書きたいと思う。
夜は、最後の従食に参加。今日のメニューは私や他のスタッフの希望で、カレー屋をしていたスタッフのカレーだった。何度食べても、まだ食べたい、まだ食べたいと思わせてくれるカレー。最後に食べることができて、心も体も嬉しい。さらには、パンを焼くのが好きなスタッフがナンを焼いてくれた。こうやって順番に当番が回ってきて皆で美味しいねと言いながら食べる従食も今日で最後だ。ニュージーランドにいけば、毎日私が作らなければならない。あぁ・・・。
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171日目。いよいよ下山日だ。歩いて下山するのもありかなあと思っていたが、やはり甘えてしまい、お昼時に荷上げの車に乗って下山した。それまで時間があったので、最後に・・・と、隣の小屋のコーヒーソフトを食べにいく。
小屋周りも少し散歩をし、12時前、バンにザックを乗せて、荷上げのスタッフと一緒にバスターミナルへ向かう。やっと帰れるぞぉ〜と嬉しいばかりでお別れの寂しさを感じる様子が少しもない私に、皆は仕事の手を止めて、手を振って握手をしてくれ、目の周りを少し赤くしている。全員ではないだろうが、何人かはまた来年もここで働いているだろう、会いたくなったら会いにくれば良い。
バスターミナルでは紅葉目当てに来た観光客の中を通り抜けてバスのチケットを買う。今年の紅葉は、ここ数年の中でもダントツで、山の上まで目を疑いたくなるほど赤く、燃えるように紅葉している。何枚か写真を撮って、この景色を目に焼き付けた。
バスに乗ると、くねくねした山道を走らせるバスの中では音楽も聴くことなく、入山した日のことを思い返しながら車窓からの景色をぼおっと眺める。あの時は木の枝に葉なんて付いておらず、雪に覆われた森の景色が本当に本当に綺麗だった。それに、私だけ先に下山するなんて考えてもいなかった。
途中電車に乗り換え、またバスに乗り、空港へと向かって飛行機で福岡へたどり着いたのは夜。この半年間の山小屋生活中、下界に降りたのは2回だけで、2回とも滞在時間は数時間だけだった。そのせいもあってか、匂いと光に敏感になり、バスの中では人間臭さに酔うし、あちこちピカピカ光っているのは刺激が強すぎる。山から降りてまだ1日も経っていないのに、次のニュージーランド山小屋生活が待ち遠しい。私という人間が、東京で6年間仕事していたなんて、今となっては、信じられない。満員電車や終電で帰る生活、あの時は辛かったが、あの生活がなければ山に出会うことはなく、今自分はここにいないだろう。節目毎に、山で働きながら暮らすという生活そのものに出会えて良かったなあと、心から思う。
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さてさて、山小屋日記ー2025はこれにて終わりとします。終わった気分がしないのは、目の前にニュージーランドの山小屋日記が待ち構えているからでしょう。もちろんニュージーランドからも更新できたらと思っているので、読者の皆さん、時々生存確認しにブログを覗いてもらえると嬉しいです。
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