【33日目】名もなき山へ

最近やっとわかってきたのですが、私のちょうど良い睡眠時間は10時間。それ以下だと日中眠くなりますし、それ以上は夢を見過ぎてしまい頭も身体も疲れてしまいます。昨日は22:00に寝て、8:00に起床。すっきりな状態で、さぁ、今日はしっかり者のメグとのD Pass再挑戦です。

D Passは、前回2人で挑戦しましたがbush line、森林限界に出ると見事に雲の中、上に登っても意味がないねと諦めたので、今回はD Passまでなんとしてでも行きたい!と何日も前からずーっと言っていました。

朝部屋のカーテンを開けると、神様が味方をしてくれたのか天気は晴れ!快晴ではありませんがザ、夏というような雲がぷかぷか浮いています。しっかり者のメグ「あー!嬉しい!晴れ!Thank you Jesus!!!」朝からいつにも増してテンション高めです。

朝ごはんはヌテラを塗りたくったパンを2切れにフルーツをぱくぱくと食べ、ランチボックスには野菜を挟んだホットサンドに同じくヌテラを塗りたくったサンド、さらにおにぎりも作り、おやつにはさくらんぼと桃とみかんを持っていきます。おにぎりはもちろん、サンタからのプレゼントであるのりたまとゆかり味です。

荷物をまとめ、水を汲み、日焼け止めを塗って、無線を持ちます。忘れ物はないよね、と最終確認。ホワイトボードに2人の名前と行き先、帰宅予定時刻を書いて出発したのは9:20

まずは小屋の近くにある川沿いまで出ていきます。昨日の雨で水量が多いかなと思いきやそんなこともなく、川をじゃぶじゃぶと渡っていきます。あぁ、冷たい!キーンと足が冷え、身体がシャキッとします。

天気のおかげで濡れた靴と靴下は前回のように不愉快ではなく、森の中の植物もカラカラ、とても歩きやすいです。今日のように日がしっかり当たっていなければ、森の中は朝露で植物が湿っており、雨に降られたかのように服が濡れるのです。

前回は迷いに迷い時間もロスしてしまったので、今回はしっかりサインに従いながら歩いていきます。今日はまだ迷ってないよ!順調順調!と言いながら1時間歩き続け、いい感じだね!と話していると「あれ?!サインがないね?!?前に迷った時と同じところに来てしまった!どうしよう!!」「とりあえず水飲もう、、、」同じ場所で迷子になってしまいました。

前回は迷ったまま進み続け、結果的になんとかなったものの、時間がかかったので今回は失敗から学び、最後に見たサインまで戻ります。数分下り、サインを見つけ、ここから迷ったんだね、なんでだろうとあたりを見渡します。ん〜。サインの方向があやふやです。まっすぐを指しているのですが、この三角の向きでは左を指しているように見えるのです。このサインの付け方じゃ左に見えるよ!わかりにくい!と2人で文句を言いながら、気を取り直してまっすぐ進みます。

その後は迷うことなく、bush lineまで行き、乾いて座れそうな場所まで歩き続けます。というのも、森林限界に出ると草はびっしり生えていますが、その下の土は湿地のようになっており、場所が悪いとずぶりと靴が沈み込んで泥だらけになります。

やっと座って一息ついたのは12:00頃。見下ろすと、青く大きな湖、その湖に流れ込むくねくねと曲った川、そして山、山、山。人工物は私たちの働く小屋だけです。山の形は、日本の3000m級のような山脈が右に左に伸びています。3000m級と書きましたが、この辺りの山は1500m前後の山ばかり。ニュージーランドでは森林限界が1000mで、それを超えるとゴツゴツした岩肌や背の低い植物に覆われているなだらかな山肌、場所によっては雪を被っている部分もあり、日本の3000m級のアルプスを思わせるような山容なのです。

一方湖は、海とは違う、濃く、強い青です。前にスタッフルームで皆と湖の話をした時のことを思い出します。この湖はニュージーランドで2番目に大きい湖だそうですが、深さは1番目の湖よりも深いそうです。

私「これは、月1で来たい景色だね」しっかり者のメグ「That’s what I was thinking about. D Passまでいかなくてもこのbush lineまでなら半日で往復できるし、休みが合えば何回でも来たいよね」

そんな会話をしながら、さらに上へと進んでいきます。その時ちょうど、お客さんを乗せたボートが湖に入ってきました。私が一歩、また一歩と呼吸を整えながら歩いているうちに、そのボートはあっという間に姿を消し、湖にはボートの打った波跡だけが残ります。

歩いていると、あぁ、森を抜け出して山の上に来たんだなとじわりじわり嬉しくなってきました。なぜでしょうか。身体の中がポジティブなエネルギーでいっぱいになっていきます。

耳には、森の中とは違う日本の高山で聞くような鳥の鳴き声が入ってきます。目には、小屋付近では見かけない花が次から次へと飛び込んできます。そして口には、すいすいと山の上の空気が流れ込んでくるのです。1ヶ月少しニュージーランドで過ごしてきましたが、やっと息ができる、と感じます。程よい風に乗って私の身体に入ってくる空気は、少しだけ冷たく、日本の山小屋で生活していた時間や、ある日は1人で、ある日は友人と歩いた山々を思い出させてくれます。

私はそんなことを考えながら、陽射しを浴びつつ、ぼちぼち歩いていましたが、しっかり者のメグは軽い足取りでぐんぐんと登っていきます。Hey Sayaka!と言いながら上からムービーを撮ってくれ、2人で何度も立ち止まっては振り返って湖を眺め、写真に収めます。重いからと一眼のカメラを持ってこなかったのか悔やまれます。

今歩いているは独立峰ではなく、ぽこぽこといくつかのピークからなる山脈で、とあるピークとピークの間にある稜線上のポイントがD Passと呼ばれる場所です。しっかり者のメグは私が小屋入りする前に他のスタッフと何人かでその地点へ一度行ったことがあります。D Passまで行くと何かサインはあるのかと聞いてみると特にない、とのこと。

うーん。右手左手のサミットには登らずトラバースしてあの辺り、D Passに行くのかぁ、それなら、左手にあるサミットに行った方が近そう、かつ景色も良さそう。登れそうだけどなぁ、、、

と考えながら歩いていると、しっかり者のメグも左手のサミットに近づくにつれて「いつかはあっちのピークまで行きたいんだ」から「今日D Passまで行って時間あったらあっちのピークまで行ってみようか?」に変わり、更には「どうする?あっちのピークに行っちゃう?Shall we?」と。私も同じ気持ちだったので、そうしよう!と思い切ってD Passには行かず、左手に見えるサミットを目指していきます。

D Passとの分岐点からは、ところどころに植物が生えていますが、足の置き場を悩ませるような岩場が続きます。帰りのことは考えずに頭を使いながら足を交互に出していきます。後ろを振り返ると、うーん、これはマズイところに来てしまったというような高度感。場所によっては細かい石も多く、一歩間違えればずるずると下まで滑り台のように落ちていきそうです。

慎重に登り続けてどのくらいでしょうか、30分程度(体感ではもう少し長く感じました)で山頂に到着。期待を裏切らない360度の景色が私たちを迎えます。

いやいや、それどころではありません。左足が見事に攣ってしまい、山頂に到着するなり岩に寄っかかった状態から動けなくなってしまいました。一方しっかり者のメグは大興奮。「いや、やばいよ、やっば!」の繰り返しです。私は兎にも角にも足が痛くて喜ぼうにも写真を撮ろうにも、歯を食いしばることしかできません。

5分ほど痙攣に悩まされた後、そっと足を動かし、楽な体勢になって写真を撮りながらお昼ご飯を食べます。クリスマスにのっぽな山屋ミックにもらった、日本で言う山と高原地図のようなこの辺りの地図を広げ、今どこにいるのか確認。(「会社は地図ぐらいくれてもいいと思うんだけどね()」とぶつぶつ言いながら一冊9ドルする地図を一人一人にプレゼントしてくれました。欲しかったものなので、感謝、感謝です。)

地図は日本のものとは違いシンプルで等高線と小屋、山の名前、川の名前、その程度の表記しかありません。今いる山頂に繋がるトラックのような線は見当たらず、山の名前の表記もありません。地図上には標高のみが書かれており1543mとあります。

くるくる回りながら景色を見ていると、なんだか見たことがあるような景色に思えてきます。一昨年働いていた山小屋からの景色に似ているのです。目の前の迫力のある山脈は槍穂高に見え(もちろん槍のようなインパクトのある形をした山はありませんが)、今いる山頂からその山脈につながる稜線は喜作新道のようです。右手奥には、少しだけ赤っぽい山脈が見えます。反対側には湖へと繋がる川がクネクネと流れていますが、どうしても上高地に流れていく梓川に見えるのです。屏風の頭のようなででんとした山も途中にあります。そして湖は、日本の山にはありませんが、夜の安曇野の街のように優しくきらきらと輝いています。初めて見る景色を、過去に見た景色と重ねたくはありませんが、一度そう見てしまうと、戻りようがありません。

私はおにぎりを食べながら、しっかり者のメグは下から担いできたビールを片手に、おしゃべり。「山に行く時はおにぎり5.6個握ってパクパク食べるんだよ」「は?え?米そんなに食べるの?」「日本人は3食米だよ、朝昼晩、米!」「いやいや、面白すぎる、そんなに米食べてどうすんの!」とか、「シーズン終わったらさやかはプランあるの?」「ないよ。人間みんなプランがあるみたいだけど、私にはない。明日何が起きるかわかんないし」「そうよね、私もそう思う、ノープランが私のプラン」とか。

2人とも休憩中に口にはしませんでしたが、さぁそろそろ下山を始めようかという時、「んー、おりるのこわいね」としっかり者のメグに伝えると、怖いのは同じだったようで「ゆっくりおりよう!考えたくなかったけどおりないと帰れないもんね、、、!」

下り始めると、思っていたほど怖くはなく、無事にD Passとの分岐点に到着。そこからはしっかりとトラックがあるので、すいすいと高山の植物に覆われた山肌を泳ぐように、下っていきます。標高を下げていくにつれ、しっかり者のメグのスピードは上がっていくばかり。暑くて仕方ないから早く日陰まで下りたかったの、先行っちゃってごめん、とbush lineで待っていてくれました。

そこで水分補給をし、bushの中へ戻っていきます。しっかり者のメグは森の中の日陰に入ってもスピードは落ちることなくどんどんと下っていきます。彼女の姿を見失わないように私も後を追っていきますが、うーん、、、オレンジのサインが見当たりません。しっかり者のメグ「矢印、見当たらないね。ま、いっか!そのうちすぐトラックに戻れるでしょ!」と。

この判断か良くなかったかのようで、1時間以上サインから外れた道なき道を歩く羽目になります。しまいには森の中ではありますが、足の置き場がないような狭くて下手すれば数百メートル下の川まで落ちそうな斜面に何度か出てしまいました。2人とも、ふわふわとクッションのような倒木にズボッとハマっては、湿った土に滑り、木の根と根の間の落とし穴にハマり、踏んだり蹴ったり状態。

Treasure huntingみたいだね、good excision for our brain!とか言いながら下っていきます。とはいえ時間はもう17:00近くなってきました。私も彼女も言葉にはしませんでしたが、この時、そろそろやばいんじゃないかな、と思い始めます。日の入りが21:00以降とはいえ、日が傾けば森の中は薄暗くなってくるはずです。

足元のトラップに気をつけつつ、視界を広く保ったまま下っていると、木々の隙間から私たちの働く小屋が小さく見えました。少なくとも、進む方角は間違っていません。こっちに下りると崖っぽいな、こったは倒木で先に進めないな、という時は一度上に戻り他の道を探します。正しくは、ではなく、腰の高さまであるシダ植物の間を無理に歩いていく、です。

この状態は、間違いなく遭難なのですが、森の中で迷うのは今回2回目だからか、迷うことが当たり前になってしまい、恐怖という気持ちがほとんどありません。それもどうかとは思いますが、なぜか、このまま2人で歩き続ければ、小屋まで無事辿りつけるという根拠のない自信があります。私「I think we are doing good

その時、ついにオレンジ色の三角のサインが目に飛び込んで来ました。treasure見つけたよ!と先に行くしっかり者のメグに向かって叫びます。ふう、これで無事に小屋まで戻れます!!しっかり者のメグ「どうやって見つけたの?!よく見つけたね!」

彼女とのハイクは楽しいですが、大抵私が遅れをとりながら後ろを歩き、気づけば彼女がサインを見失って我が道を行き、私がサインを見つけて軌道修正する、というパターンが多いような気がします。サインを気にする前に足が出てしまっている、お互いに迷ったらどうしよう、という恐怖がない、この2つが遭難の原因でしょうか。

無事小屋に着いたのは19:00前。しっかり者のメグとはハイタッチ。小屋に着くなり、彼女は泳ぎに行く!と荷物を置いてすぐに着替えます。私は泳ぎに行けば足が攣りそうだったので断り、シャワーを浴びて洗濯することに。靴を脱ぐと、これでもかと葉っぱや枝、石ころがゴロゴロと出てきます。

夜はフルーツをたんまり食べ、皆に今日のアドベンチャーを写真と共に報告します。長い1日でしたが、森から山の上に出ることができ、幸せな1日になりました。森の中だと木や雲、空や鳥を見上げてばかりですが、やはり私は飛行機の窓から見る景色のような、山の上から見下ろす自然が好きです。

明明後日、休みが重なった優しいお姉さんブリッジと続けてではありますが、D Passに行く約束をしています。楽しみで仕方ありません。

▲森林限界地点からピークを望む

 

▲山頂付近のみに咲いていた高山植物

 

▲山頂から

▲山頂から

 

 

 


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