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33日目〜38日目 食材の予算をあげて欲しい

5連勤を終え、今日はお休み。2時間ばかりの散歩をし、美味しいコーヒーを飲みに行こうと思ったが、到着すると定休日の看板が出ている。定休日は水曜・木曜と書いてあるし、ネットでもそう確認したのに、前日の火曜日までお休みのようだ。

この5日間の間に1回だけ従食当番があり、みんなのご飯を作った。この小屋に来てからまだ2回しか、当番は回ってきていない。ニュージーランドでは毎日毎日お客さんの食事も従業員の食事も全ての調理を任されていたので、当番がときどきしかないとなると、物足りないような気もする。私たちの小屋では昼食は各自休憩時間に自炊するなりカップ麺を食べるなり自由なので、料理をするとなると当番以外では自分の分の昼食を作るくらいだろうか。料理をする時間を欲しているのか、ほぼ毎日何かしら作っている。最近はえびのトマトソースパスタ、明太クリームパスタ、厚揚げとキノコの卵とじ、たまご丼、そんなものを作っている。昨日はカリフラワーの唐揚げを昼休みに作りみんなに食べさせた。

作ったものを文字に起こすと、いいものを食べさせてもらっているし、十分といえば十分なのかもしれない。しかし、比較対象をニュージーランドにしてしまうと、昼食を作るにしても、当番の時に夕食を作るにしても、食材の量が本当に少ない。今働いている小屋では、食材に関して1ヶ月1人当たりいくらと決められているので、その額に収まる量を厨房担当の先輩が週に2回発注してくれている。物価が上がっているにもかかわらず、その額はここ数年同じである。そのおかげで、皆のことを考えて牛乳をちびちび飲んだり、ヨーグルトを少しずつ食べなければならない。ニュージーランドではそんなことは発注を間違わない限り、ない。cookという役職だったので、自分で大量の食材を発注し、自由に食材を使え、余るほどの食事を準備し、翌日、翌々日の皆の昼食になる。野菜や果物、肉魚だけでなく、ナッツ類やチーズ、ベイキングに使えるような材料、紅茶やハーブティー、コーヒー豆、本当に何から何まで発注できる。日本の小屋では嗜好品とみなされ発注できないだろう。流石にスーパーに並ぶようなお菓子はリクエストすると却下されたが、似たようなものは自分で作ろうと思えば作れるだけの材料を発注できる。唯一これがあればなと思ったのは日本の調味料やだしだろうか。しかし、それはニュージーランドという日本の外にいる限り仕方ないことである。きのこ類や日本の野菜も恋しくなるが、その分ニュージーランドで美味しく食べられる野菜や山ほどの果物はたくさん食べさせてもらった。

同じ山の中にある宿泊施設=山小屋とはいえ、今働いている日本の山小屋と半年前に働いていたニュージーランドの山小屋は、会社の大きさもスタッフの数も、更に言うなら年間の売り上げや宿泊客の単価、比べられないほど異なる。なので、従食に対する予算や会社としての考え方が違ってくるのも当たり前だ。それでも、辺鄙な場所に集められ、数週間外の世界から離れて生活しなければならないという環境の中で、スタッフが不便なく過ごせるようにと整えられているなと感じるのは、圧倒的にニュージーランドだ。食材だけに限らず、1週間の休暇が定期的にあることや従業員の住環境、勤務時間の管理、色々な面においてそう思う。

とはいえ、今働いている日本の山小屋は、比較対象を国内にしてしまうと、かなりホワイトだ。それは間違い無いと思う。それでも、ニュージーランドの山小屋でのシーズンが増えるにつれて、自分の中での理想や当たり前のレベルがどうしても上がってしまう。

私が、単に食べることに対しての執着が強いだけなのだろうか?お昼ご飯、何か食べようと思った時に食材が届く前日になると冷蔵庫の中はスカスカで、夕食当番の人に食材を残しておかなければならないと気を使い、仕方なくカップ麺を食べる、そんな瞬間に、なんだかなぁ〜と思う。他の山小屋で働いたことがない人の方が多いので、今の生活がスタッフ間の当たり前になっているが、私は嫌味でもなんでもなく、無意識に比較してしまう。

これと同じような話に、休み方にも最近すごく疑問を感じる。結論から言うと、1週間程度のまとまった休みは定期的にスタッフに与えられるべきだと思う。

ニュージーランドの山小屋だと2週間連勤のち1週間のまとまった休み(下山は義務)、もしくは4〜5週間の間に週一の休みをもらいながら働き、1週間のまとまった休み、という働き方だった。1週間休みは誰にでも回ってくるし、必ず外の世界に出なければならない。日本で初めて働いた小屋(今の小屋ではない)では、数週間休みなしで働き、1週間休みというサイクルで、滅多にないが天候などによりお客さんの数がガクンと減ったときは、1日休みが急にもらえたりする。1週間休みは居候することは不可能ではないが、基本的に下界に降りるか長めの山歩きに出かける人が多い。何十日も連勤をさせられ、1週間まとめて休みといった働き方はおそらく日本の山小屋では一般的だろう。1日のうちの労働時間も長く、休憩がなかったり、半分働きながら休んだり、山小屋での生活と仕事がぐちゃぐちゃでプライベートな時間もスペースもなく、半年間山に入る覚悟で山に上がってきている人が多いのではないかと思う。一方、今私が働いている山小屋は、1週間休みはなく、長くても3連休、基本的には1日休みか2日休みでシフトが組まれ、連勤も6日間が最長だ。下界のサービス業と同じような働き方をしている。勤務時間も基本的には7時間半とされているが、実際のところは平均して9時間前後毎日働いているだろう。

どこで働いても長所短所はあるし、こうだったらいいのになと無いものねだりをしてしまう。しかし、今まで山小屋で働いてきた6シーズンを冷静に振り返ると、精神的に健康な状態を保つのであれば、1週間の休みは必要不可欠なのでは無いかという結論に辿り着きそうである。来年の私や10年後の私は違うことを言うかもしれないが、今の私は少なくともそう思う。

外の世界との繋がりはなくても良い、同じメンバーで生活と仕事を共にし山小屋で暮らすのは平気だ、なんなら1人でも大丈夫だろう、と今までの私は思っていた。しかし、前回のニュージーランドでの山小屋生活、今年の7月に1人で1ヶ月山小屋の管理人をしたこと、今の山小屋生活、とこの1年近くで考え方が変わってきたようだ。1週間休みがどれだけ大切か、山小屋での仕事から一旦自分を切り離して、違う世界に身を置くことで、どれだけリフレッシュできるのか。なんだか私という人間を使ってあらゆる山で人体実験をしているようだ。考えが変わったのは、歳を重ねているのも関係しているかもしれない。山小屋生活が刺激ばかりの新しい体験の連続ではなくなったのもあるだろう。もちろんオーブンから爆発音が聞こえたり、コウモリが私に飛びかかってきたりと、予想もしないようなことが起きることはあるし、刺激が0な訳ではない。それでも山小屋生活の全てが新鮮だった1年目と今では山小屋での生活の捉え方は変わってしまった。経験を積むことで、今の自分には息抜きが必要だな、このイライラは休みがあれば解決されるな、とわかるようにもなったし、働くメンバー内のいざこざも、それぞれの心の余裕がなくなってくれば多くなるし、余裕を保つには休息が必要不可欠だ、と言うのが私の持論になりつつある。この休みというのは、今の私が良い例だが、昼前に起きて小屋の中でダラダラし夕食は皆と一緒にとる、とかではなく、まとまった時間、山小屋という場所から自分を切り離し、仕事のことを一切考えずにリセットするための休みである。

食材と休みのことを書いたが、他にも従部屋の環境や、チームとしての働き方など、書こうと思えばまだまだある。ぐるぐる頭の中で考えてみる限りニュージーランドでの働き方は、これまで何百、何千ものスタッフが働いてきて、フィードバックを受け、改善を重ねられた結果であり、理にかなっているなぁと思うことが多い。

こんな長文を書いて頭の中で考えるくらいなら、1日休みで雨に濡れてでも山に行き、リフレッシュした方が良いのかもしれない。頭ではなく体を動かすべきだろう。でも、今の私は登山をする気力は湧きやしない。疲れるのが嫌だ、雨に濡れるのが嫌だと思ってしまう。そういう人のためにも、山と下界の移動に半日はかかってしまう場所にいるのだから、1週間という長めの休みはあるべきだと思うんだけどなーーーーー。

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