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2日目 一箇所に留まらないこと

今日は勤務初日。しばらくは厨房メインのシフトをすることになっており、朝6:00ぴったりに朝食の準備を始める。

朝は、ひんやりとする。半袖では物足りない。そして水道を捻ったら氷を入れて冷やしたような水が出る。数秒待たなくてもこんなに冷たい水が出るなんて、自分が山の中にいることを知らされる。家では捻ってもぬるま湯しか出てこなかったので、このツンと冷たい水が、朝の弱い私にはありがたい。目が覚めるからだ。

頭で考えるより先に体が何かと覚えているようではあるが、一つ一つ念のための確認をしながら仕事を進める。この山小屋はどちらかというとホテルに近い宿泊施設で、営業しているのは4月から11月の約7ヶ月間。今ちょうど繁忙期を迎え折り返し地点を過ぎたところである。前半戦はなかなかに大変だったそうで、この3ヶ月と少しの間に何があったのか話を聞きながら、満員分の部屋掃除。とにかくみんな忙しいと疲れ果てている。

私は今からちょうど3ヶ月だけと期間が短いからなのか、助っ人的な立ち位置で来たからか、1ヶ月間の管理人生活が全て1人でこなさなければならず人と働くことを欲していたのか、その前のM小屋でのcookの仕事が過酷だったからか、今日は1日目だからか。理由はいくつも考えられるが、皆が「忙しい!」という1日目は60%くらいのエネルギー消費で済んだ気がする。

M小屋での仕事が過酷だった、というのは結構大きい気がする。任せられる仕事量の多さ、その仕事に対してのタイムリミットが限界スレスレだったこと、これらは経験した仕事の中でも一番だったのかもしれない。M小屋で働く前、ちょうど一年前は、今いる小屋で仕事をしていたが忙し過ぎて頭が痛かったのを覚えている。あれからM小屋を経験し、もし限界値が更新されているとしたら、これから3ヶ月間、頭が痛くならなくて済むかもしれない。

仕事の過酷さとは別の面で、1人で管理人として山小屋にいたというのも、確実に楽に働けたことに影響していると思う。私が動かなくても相部屋を掃除する人がいて、トイレ掃除をする人がいて、電話をとってくれる人がいる。1人で管理人として全てを抱え込まなくて良い。誰かに頼っていいと無意識的かつ意識的にそう思えて安心しているんだと思う。

これって、私が同じ小屋で何年働いても気づかないことなのではなかろうか。気づいたとしても時間はかかるだろうし、想像力がいるだろう。頭も体も動かし、経験し、噛み砕いて、ストンと腹でわかったのは、今の私だからこそだと思う。

とはいえ、1箇所に長く留まることで学べることは多くあると思う。それは学生時代に習い事や部活を続けていた身なので、よくわかっているつもりである。すぐ辞めていく人に対しては勿体無いな、と思っていた。いやでも続けていたら学べることはあるのにな。

その反動か、この6年はあっちこっち行ったり来たり、落ち着かない生活をしている。自分は飽きやすいのかもしれないと今更ながら気づいた。私は長く続けることが善と教わり、そう強いられ、そうすべきだと植え付けられて育ったが、本来の自分はそういうタイプの人間じゃないのでは。

何が言いたいかというと、行ったり来たりでも問題ないとし知り、現在冬眠期間なく1年以上そんな生活を続けているから、今日こうやって60%で働けたんだと思う。誰にも伝わらない例えだと、刺繍をするときにチェーンステッチばかり繰り返すよりも、サテンステッチ、フレンチノットステッチ、スプリットステッチと様々なステッチをした後にチェーンステッチに戻ってきた方が上達する、と言った感じだ。(私的にはこの例えがしっくりきている)コテンラジオで言うなら、メタ認知ができているということだろうか。価値観の違うものに触れることで自分自身(自分が生きている時代)を客観的に見ることができるとよくポッドキャストで言っている。違う働き方や環境を知り、経験し、頭と体でわかることで、物事を一方的にではなく客観的・多面的に捉えることができるようになって心に余裕ができ、自分のキャパも広がっているんだと思う。

ま、1週間後、1ヶ月後はこの記事を削除して、忙しい、頭が痛いと書いているかもしれない。それでも、この発見は書き残しておきたいと思う。

もう一つ、今日はブログを読んでくださり連絡をとっていた方と初めてお会いした(というか、わざわざ私の休み時間に小屋に来て頂いた)。覚えている限りブログを書き始めてからは初めての経験で、とても嬉しい。詳しいことは、のちのち。

(((ですます調で書きたいのに、だである調のが早く書けるから、この調子で書いてます。気持ちはですます調です。)))

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