休みの日にブログを書くというサイクルができつつある。勤務日は休み時間が、シフトによりけりだが、1時間半〜4時間ほどあり、ご飯を作りご飯を食べ、携帯を少しいじって、絵を描くと、あっという間に時間が過ぎていく。さらには刺繍もしたいと思っている私には、ブログと向き合う時間が休みの日にしかない。山に登る暇なんて、さらさらないし、その気もない。皆もそれはよくわかっているようだ。
絵は、小屋にいる間に100ページあるスケッチブックを終わらせたいため、毎日1枚以上は描かなければならない。半年以上絵を描いていなかったのになぜ急に燃え始めたのかというと、自分自身とスケッチブックを終えたら色鉛筆を買っていいと約束したからだ。1年以上は欲しいと思っている色鉛筆を、勇気が出ず買えないでいるのだが、マルマンのモニターキャンペーンで当たったスケッチブックを最後まで書き終えたら、自分にプレゼントすることにした。

さらには、もう一冊スケッチブックを買ってしまい、そちらには色鉛筆縛りで絵を描き始めた。これも下山までに終わらせたい。がしかしペースは遅い。それでも、定期的に描いている。

ある日食堂で、色鉛筆で絵を描いていると新人の男の子が絵を見にきた。良くも悪くも顔に全てが出るタイプの正直な彼は、目をキラキラさせて絵を眺めている。口元も緩み始めた。私の絵を見て、今日1日幸せな気分になれたとまで言ってくれる。
一枚の、私の練習として描いた絵が、ある人にはそんなふうに届くのかと、初めての経験でハッとさせられた。
その数日後、その例の絵の次のページに絵を描くが、どうにもこうにも気に入らず、絵を破ることにした。製本上、その前のページに書いた彼のお気に入りのページまで破れてしまいそうになる。が、ギリギリスケッチブックにくっついているので、そのまま放っておくことにした。
休憩時間はまだあと30分あるので、そのスケッチブックを、天気が良く気持ちの良い風が吹く中、河原まで持っていって写真を撮ることにした。一枚目からこれまで描いた絵を順に、背景や影を気にしながら写真を撮ってみる。そして、彼のお気に入りの絵を撮ろうとした瞬間、風がキュンと吹き、絵は破れる。漫画の一コマのように、紙切れが宙に浮き、落ちたのは川の中。思わず声が出て、すぐに拾う。端が濡れた紙は、しばらく乾かすと何事もなかったかのように姿を保っている。
私はスケッチブックの絵を、本当に本当に気に入らない場合はビリビリと破るが、それ以外は、自分の中での採点が赤点だとしても破ることはない。切り離して飾ったり、誰かにあげることは今までしたことがなかった。彼が気に入ったその一枚はどちらかと言うと点数は高いし、破りたくなかった。スケッチブックという一つの作品の一部として、持っておくつもりだった。
しかし、破れたのなら、、、。これはきっと新人くんの手に渡るべき絵なのだろうと、その日の夜、声をかけてみることにした。日中落ち込むことがあり、元気のない彼は、もらっていいんですか、そんなことあるんですかと戸惑っている。そして、もらっていいとしばらくして理解した彼は、嬉しさからニコニコ笑顔を通り過ぎ、涙を流し始める。
彼の戸惑いが解けたかと思えば、次は私が戸惑いはじめる。そんなことあるんですか。
私が高得点だと自己採点した絵ではあるが、自分自身でもここまで喜びが溢れるほどの絵ではない。いや、いや、私はこの絵が好きだ。だけど、私以上にこの絵が好きな彼に絵は渡るべきだろう。絵も喜ぶはず。自分の絵が人の手に渡るのは嫌ではないし自分で持っておきたいという執着もほぼ、ない。彼の手に渡った瞬間、その執着は完全にゼロになった。清々しい。
彼のように最後に涙を流したのはいつだろうか。
これからもずっと絵を描き続けたい、自分がよし!と思える絵を描けるようになりたい。でも、そこへ到達する途中段階(と自分では思っているが、他人にはそれが私の絵として認識されている)で、こんなうふうに受け取ってくれる人が現れたときには、絵は私の手から離れていくべきなのかもしれない。
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この1週間で雨がたくさん降り、気温は落ち、日も短くなってきた。夏の雲はもう姿を消した。
この小屋に来てから早くも1ヶ月が経とうとしている。残りはあと2ヶ月と少し。福岡に帰る飛行機も予約した。

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